- 乱暴と待機 (ダ・ヴィンチブックス)/本谷 有希子
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本谷有希子「乱暴と待機」読みました。
読んだきっかけは劇団、本谷有希子「甘え」を観にいったときに、
映画「乱暴と待機」の予告篇がロビーで流れていて、
へぇー、と思ったから。
本谷有希子原作の映画「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」がとても良かったので、
今回の映像化作品もやや期待しているのです。
ということで、その映画公開前に話だけでも読んでみたい、と思ったので、
図書館で借りて読みました。
感想としては、
過激。
大袈裟。
この兄弟おかしい。
でも、
なんとなくだけど気持ち分かる。
分かるんだな、という感じ。
主人公は、幼馴染みの年下の女・奈々瀬(25?)を部屋にほぼ軟禁状態の男・英則。
世界は目を閉じるとなくなっている(自分のまわりにしか世界がないもの)と思っている、哲学的?で無口で冷ややかな、一般的に「ツマラナイ」「キモイ」「変態」と呼ばれる人間。
女は男を「お兄ちゃん」と呼んで慕っている。
軟禁には理由がある。
男は過去、女が自分にしてしまったことへの復讐を企んでおり、
とっておきの復讐をするために10年以上も女を部屋に住まわせ、復讐の内容を考えている。
女は、「嫌われたくない」「お兄ちゃんに笑ってほしい」一心で、笑いについて研究したり、
りんごを剥いてあげたりと献身的なのだが、
男はそれに対して一番傷つくであろう反応で返すのであった。
そんな復讐する・されるで繋がっていた2人だったのだが、
あずさ・番上という2人の男女の登場によって、
その系図に異変が起きてゆくのだった…。
女の奈々瀬の「人に嫌われたくない」気持ちには共感できるのですが、
彼女、他人への気の遣い方が半端ない。
深読みに深読みを重ね、起こす行動が全て逆効果。
結局はその場しのぎの判断で、
すべて自分にふりかかってきてしまい、
他人に嫌われ、自分を傷つけるだけ。
そんなところが「オーバーだな~ハハハ」と思いつつ、
他人事とは思えず(自分もオーバーにしすぎるとこういうようなことが起こるのだな、と思うので)、
心からは笑えず、思わずゾッとするのです。
例えば…
人と話している途中にトイレに行きたくなる描写があるんだけど、彼女は、
「話の途中にトイレに立つなんて失礼だ」→「尿意があることを悟られまい、」
として、我慢してしまい、結局は失禁してしまうの。
That's オーバー!!
でも、自分も話の骨を折ってしまうようなトイレへの立ち方はできないし、
なんとなくそこらへんが分かってしまうんですね。
だからゾッとする。
逆に全然人の気持ちのことを考えたり気にかけない人がこの話を読むと、
この女、奈々瀬のことをすごくイライラすると思う。
イライラしてもどかしくて最後まで読めないのでは。
それともこの女のされてしまう辛い状況(復習はされないながらもお兄ちゃんにしでかされるひどい仕打ち)を読んで、スッキリするのかしら?
話の結末も最後の最後まで分からなくて、
それもこの本の楽しいポイントの一つ。
「え、どうなってしまうの?」と思って先が気になり、ページをめくる指が止まらないのでした。
本谷有希子さんの作品って、
主人公が変であることが多い…ような気がする(自信がないので断言はできない)。
その変な主人公を、周りの“普通の”人たちの反応によって、
「変」「不気味」ということを浮き彫りにしているような、
そんなところが特徴かな?
だから不気味さが一層際立っていて、ゾッとするんです。
(話が戻ってますが…)
その不気味さが、舞台の演技でも、
演じている人が100%出し切れて、観客にも伝わると、納得できるんだけど、
本谷さんの舞台を見て私はなかなかそれを100%感じ取りきれない。
(「幸せ最高ありがとうマジで!!!」の時の永作博美もちょっと分かりきれなかったし…)
だから、本谷さん関連の作品は、映画で見たり本で読んだほうが、本谷さんのセンスを感じ取れるのではないか、
そう思うのであります。
そんな失礼なことを思っちゃ…ダメかしら。
もとはといえばこの作品、
2005年に馬渕英俚可主演で舞台をやっていたそうですね。
(そりゃ劇団、本谷有希子の主催が原作なんだから、舞台が先行でしょう)
舞台でこれ演じるって、ポツドール級の厭らしさじゃん…
冒頭で書いた通り、今年2010年の秋には映画化されます。
そのときの兄は浅野忠信、奈々瀬は美波。
浅野忠信が楽しみすぎる!!
オフィシャルページで予告篇が見れますが、
美波もスウェット姿で尽くしてる感じがたまらなく奈々瀬っぽい!!
映画がとても楽しみになってしまいました。
「永遠の愛は疑ってしまうけど 永遠の憎しみなら信じられる」
この言葉が一瞬でも目に止まる人なら、
映画も本も、見て損はしないと思います。